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大阪地方裁判所 昭和41年(わ)5389号 判決 1968年3月19日

主文

被告人浜川長秀を懲役一年に、

被告人生悦住守夫を懲役六月に、

それぞれ処する。

この裁判確定の日から、被告人浜川長秀に対し三年間、被告人生悦住守夫に対し二年間、それぞれ右各刑の執行を猶予する。

公訴事実第三について、被告人生悦住守夫は無罪

理由

(罪となるべき事実)

大阪市西区北堀江御池通四丁目八七番地に本店を置くくろがね工業株式会は、昭和四〇年一月一六日頃、債務超過による支払不能の状態となり、その頃から同年六月中旬頃までの間、債権者等による私的整理の段階を経た後、昭和四一年五月二三日、大阪地方裁判所において破産宣告を受け、右破産宣告は、その頃、確定した。

被告人浜川長秀は、右私的整理の際、債権整理委員長として右会社の債権債務の整理事務を統括し、被告人生悦住守夫は、債権整理委員として、同会社の債権取立、資産の換価等の財務整理事務を担当していたものであるが、

第一、被告人両名は、共謀のうえ、右くろがね工業株式会社の財産のうち、一〇三万三、一二一円位を、被告人両名および被告人らの関係する会社(株式会社東亜電気商会、株式会社新光製作所)その他の第三者において、裏配当、整理委員手当等として取得することにより、自己および他人の利益を図ろうと企て、

(一)、昭和四〇年六月五日頃、大阪市西区土佐堀三丁目喫茶店「みつぼし」において、右会社の債権整理委員会が開かれた際、同会社の破産財団に属する現金二一万円を、債権整理委員等七名の委員手当として、秘かに分配取得し、もって破産財団に属する財産を隠匿し、

(二)、同年六月中旬頃、大阪市北区神明町四〇番地株式会社五海商会において、くろがね工業株式会社の財産(配当可能財源五五〇万四、八六五円、ただし、後記退職予告手当額六〇万円位は人件費として控除済)を債権者に配分するに際し、現実には、総債務額六、四一四万八、六〇九円について六・三パーセントの割合による合計四〇四万一、四一一円の配当をし(ただし、その後、事後届出の債権者らに対し、合計四万三三三円の配当をした。)かつ、従業員に対する退職予告手当については、六〇万円位のうち二四万円位を支払ったにすぎない(その差額のうち二一万円は、右(一)のとおり、被告人らにおいて取得した。)のに、総債務額八、七三七万八、八〇七円について六・三パーセントの割合による合計五五〇万四、八八四円の配当をし、右退職予告手当についても六〇万円位全額の支払をしたように仮装して債権者に公表することにより、その差額のうち八二万三、一二一円位を秘かに除外し、もって破産財団に属する財産を隠匿し、

第二、被告人浜川長秀は、横山茂と共謀のうえ、右くろがね工業株式会社の財産に属する約束手形を、前記株式会社東亜電気商会その他の第三者をして、右くろがね工業株式会社に対する債権の弁済として取得させることにより、右の者らの利益を図ろうと企て、昭和四〇年一月一八日頃、右会社において、同会社の破産財団に属する約束手形一通(成晃動熱株式会社振出、金額四一万二、九六〇円)を秘かに除外して取得し、もって破産財団に属する財産を隠匿したものである。

(証拠の標目)≪省略≫

(法令の適用)

被告人らの判示第一の(一)、(二)の行為は、包括して、刑法六〇条、破産法三七八条前段に該当し、被告人浜川の判示第二の行為は刑法六〇条、破産法三七八条前段に該当する。被告人浜川の右各罪は刑法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条、一〇条により、犯情の重い第一の罪の刑に法定の加重をした刑期範囲内で同被告人を懲役一年に処し、被告人生悦住については、所定刑期範囲内で同被告人を懲役六月に処し、情状により同法二五条一項を適用して、この裁判確定の日から被告人浜川に対し三年間、被告人生悦住に対し二年間、右各刑の執行を猶予することとする。

(無罪の判断)

被告人生悦住に対する本件公訴事実第三の要旨は、「被告人生悦住は、自己および他人の利益を図る目的をもって、昭和四〇年六上月旬頃、大阪市北区神明町四〇番地株式会社五海商会において、くろがね工業株式会社の財産を債権者に分配するに際し、同被告人の経営する株式会社新光製作所の右くろがね工業株式会社に対する債権のうち二八五万三、一六八円相当の手形債権は消滅しているのにかかわらず、同手形債権が存在するものの如く装い、債権届出をなして配当に加わり、もって破産債権者として虚偽の権利を行使したもので、右くろがね工業に対する破産宣告は確定したものである。」というにある。

そこで、破産法三七八条後段の規定をみるに、犯罪の構成要件として、「破産債権者トシテ虚偽ノ権利ヲ行ヒタル者」と規定されているのみであって、同法三七四条、三七五条と異なり、「破産宣告ノ前後ヲ問ハス」との文言が付せられていないところ、破産法上、破産債権の行使は、破産宣告の存在を前提とし、破産手続においてのみ許されるものであることが明らかである(同法一五条、一六条)から、右罰則規定は、その文言からして、破産宣告後における破産債権者の行為のみを処罰の対象とするものであって、破産宣告以前における破産債権者(たるべき者)の行為を処罰の対象とするものではないというべきである。

これを実質的にみても、破産法三七八条前段と同後段とを対比すると、前段は、破産財団に属する財産を現実に減少させ(同法三七四条一、二号)、もしくはその発見、把握を困難ならしめる(同条三、四号)等、破産財団に実害を生じさせる行為を処罰の対象とし、破産財団の保全、保護をその目的とするものと認められるのに対し、後段は、虚偽の権利行使という形式的な事実のみを処罰の対象とし、破産財団に実害を生じさせることをその要件としていないのであって、その目的とするところは、破産財団の保護というよりはむしろ、破産手続そのものの公平かつ円滑な進行を保護するにあると認められるし、また右各罰則により処罰の対象とされる行為の態様について考えてみても、前段のそれは違法性の比較的大きなものであり、後段のそれは違法性の比較的小さなものであると認められるのであって、かような点を合せ考えると、前段については、破産宣告の前後を問わず所定の行為を処罰する必要があるけれども、後段については、破産宣告後になされた所定の行為のみを処罰すれば足りると解することに十分の根拠があるといえるのである。

なお、検察官は、破産法三七八条後段を前記のように解釈すると、同条中の「破産宣告確定シタルトキ」との文言が殆んど無意味に帰するとの趣旨の主張をするけれども、破産宣告後は、その確定を待たず、破産債権者としての権利行使ができるのであり、破産宣告に対し即時抗告がなされた場合には、破産宣告が確定し、またはこれが取り消されるまでの間に相当の時間的経過が予想されるのであるでから、右解釈が、右文言を無意味ならしめるとはいえないのであって、検察官の右主張はたやすく肯認し難いといわねばならない。

そして、本件公訴にかかる被告人生悦住の権利行使行為が破産宣告以前のものであることは、本件証拠上明らかであるから、仮りにそれが虚偽の権利行使にあたるものであっても、破産法三七八条後段の規定に該当せず、罪とならないものというべきである。(なお、本件各証拠によると、被告人生悦住の右行為は、その後の配当受領行為と合して、浜川らとの共謀による横領罪または背任罪―被告人単独による詐欺罪も考え得るがその可能性はうすい―に該当するとの評価を受ける可能性があると認められるけれども、右横領または背任の評価を受けるべき事実と本件訴因との間には公訴事実の同一性がないと考えられるから、訴因変更等の手続を経て、更に審理を続行する余地も存しない。)

よって、刑事訴訟法三三六条により、被告人に無罪の言渡をする。

以上の次第で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 山本久己 被判官 丸山忠三 福井厚士)

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